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週末少年に戻る街ぶらer
都内にて単身赴任中。

週末は、有り余る時間をよいことに(?)、都内・関東近隣の名所・見どころ、ご当地グルメ、スイーツ店などを街ぶら歩き。

特に発祥ものや三大〇〇、古事記ゆかりスポット、史跡が大好物。

時にはレンタカーで関東・東北・北海道等の各地へ一泊二日で街ぶら。

そんな私がおすすめする、気軽に、リーズナブルに楽しめる街ぶらルート・しおりを紹介。

愛宕神社の出世の階段と山王祭で有名な日枝神社への街ぶら

今回の街ぶらは、愛宕神社と日枝神社。防火の神様の愛宕神社には86段・斜度37度、故事にちなんだ「出世の階段」と呼ばれる石段があります。その後は赤坂にある山王祭が有名な日枝神社へ。周辺の人気ランチ、豆大福などをめぐる街ぶら。

この記事のポイント
  • 虎ノ門から出発、愛宕神社から赤坂の日枝神社、界隈の人気ランチ・豆大福店、老舗和菓子店の羊羹をめぐる街ぶら歩きルート
  • 見どころ
    • 86段の「出世の階段」(愛宕神社)
    • 毎年6月開催の山王祭で有名な日枝神社
    • 現存する武家上屋敷の表門のひとつ(志の門)
  • グルメ
    • 名古屋で大行列、かき揚げ天ぷら丼(光村)
    • 11種類の具材がのった海鮮丼(築地 刺天)
    • 午後には売り切れ必至の豆大福(浅田家)
    • 羊羹が定番の和菓子店(とらや本店)
目次

虎ノ門・愛宕エリア

こちらから街ぶらスタート。

愛宕神社

東京23区内で自然の地形としては一番高い山(標高26メートル)、愛宕山の山頂にある愛宕神社。

1603年(慶長8年)、徳川家康公の命により防火の神様として祀られた。

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ちなみに、愛宕神社は全国に約900社ほど存在し、本社は京都市の最高峰の霊山、愛宕山上に鎮座している。

主祭神は「火産霊命(ほむすびのみこと)」。火の神様。

しかし過去には江戸大火災や関東大震災、東京大空襲で全焼するなど、何度も社殿を失っているが、その度に再建されてきた。

今は隣の虎ノ門ヒルズとつながっている。

「86段」出世の石段

愛宕神社の大鳥居から正面にある急な石段「出世の石段」。別名、男坂。斜度は37度。
出世階段の名の由来は、曲垣平九郎(まがき・へいくろう)の故事にちなむ。

時は寛永11年、江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。
折しも春、愛宕山には源平の梅が満開。家光公は、その梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。
しかしこの愛宕山の石段はとても急勾配。歩いてのぼり降りをするのすら、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。
下手すれば、よくて重傷、悪ければ命を落としそう。家臣たちは、みな一様に下を向いております。
家光公は、みるみる機嫌が悪くなり、もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。家光公。その者の顔に見覚えがありません。
「あの者は誰だ」近習の臣に知る者はありません。
「おそれながら」、「おう」
「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者でございます」
「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」
平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。
平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられております。(愛宕神社HPより)

上からみた出世の階段。かなり急峻。この石段を馬で颯爽と登り降りしたとは。

出世したいのなら、颯爽と登りましょう、決してつまずかないよう(笑)。帰りは来た道、出世階段を戻らないように、ね!。

ちなみに、出世の階段(男坂)の右に見えるのが女坂。工事中でした。。。

光村(名古屋で大行列の海老かき揚げ丼)

海老かき揚げ丼。この店名にかき揚げ丼ときたら、そうです、こちら名古屋に本店がある大人気の天ぷら光村の関連の店。名古屋では大行列ですが、こちらはすんなり入れます。

人気の海老かき揚げ丼は、本店と同じく味が濃くパリッとサクサク。美味。おすすめ。

築地 刺天(11種類の具材がのった海鮮丼)


11種類の具材がのった海鮮丼 蒼。3回に分けて食べるルールのよう。
 1 マグロとご飯をお食べください。
 2 卵の黄身・醤油を合わせてから丼ぶりに入れ、よく混ぜ合わせてお食べください。
 3 少量のご飯を残しだし汁をかけてお食べください。

海鮮丼のメニューは蒼(あお)、紅(あか)、黒(くろ)の3種類。カウンター席がちとせまいのが難点。

赤坂エリア

アメリカ合衆国大使館

ものものしい警備のこちら横を通過。大使館側の歩道は大使館に用がなければ歩けません。

浅田家和菓子店(豆大福)

明治30年創業の豆大福が人気の和菓子店。こちらの豆大福はけっこうなボリューム。夕方前には売り切れるので早めの来店がおすすめ。

日枝神社

御祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)。

もともとは、武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、その後の文明10年(1478年)、太田道灌が江戸城内に鎮護の神として川越山王社を勧請したのがはじまり。

その後、徳川家康により江戸城内の紅葉山に社殿が遷座され、城の鎮守として篤く崇敬された。

また第二代将軍、徳川秀忠の江戸城改築に伴い、江戸城外の麹町隼町に遷座され(今の国立劇場附近)、庶民の参拝が可能となった。

明暦3年(1657年)、明暦の大火により社殿を焼失、万治2年(1659年)、第四代将軍、徳川家綱が赤坂の溜池を望む松平忠房の邸地を官収し、現在の地に遷座。

毎年6月に開催される江戸三大祭のひとつ、山王祭が有名。

志の門(武家屋敷門)

もともとは丸の内にあった幕府老中屋敷の表門。文久二年(1862)の火災で焼失した後、当時の老中であった本多美濃守忠民(三河国岡崎藩)によって再建された。

その後移築を繰り返し、現在は山脇学園の所有となり、学園敷地内に移設された。「志の門」の通称で、節目となる行事では実際に門として使用されている。国指定の重要文化財。

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ちなみに、上屋敷の表門は都内に3箇所しか現存していない
・赤門(東京大学本郷校舎) 加賀國加賀藩前田家
・黒門(東京国立博物館) 因幡國鳥取藩池田家

とらや 赤坂店

室町時代後期、京都で創業の老舗和菓子店。後陽成天皇の御在位中(1586〜1611)より、御所の御用を勤めている。明治2年(1869)東京遷都にともない、京都の店はそのままに東京に出店、本店がこちら赤坂店。

羊羹といえばとらや。本店の赤坂店では限定の羊羹がある。阪神タイガースファン必見?(笑)。

今回の街ぶらマップ

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