忠臣蔵・赤穂浪士の足跡(高輪・泉岳寺編)2022.12

今回の街ぶらは高輪・泉岳寺エリアにある忠臣蔵・赤穂浪士の足跡をめぐる街ぶら。その中心は赤穂浪士の墓がある赤穂藩の浅野家菩提寺の泉岳寺。

旧暦の元禄15年旧暦12月14日、47人の赤穂浪士が吉良邸に討ち入りし、悲願である主君の仇討ちを果たした。この日を偲んで泉岳寺をはじめ各地で「義士祭」が行われている。そんな12月に訪れてみた。

この記事のポイント
  • 高輪エリアにある忠臣蔵・赤穂浪士の史跡スポットを巡るルート
  • 泉岳寺の赤穂浪士ゆかりスポット
    • 大石内蔵助良雄銅像
    • 赤穂義士墓所
  • 人気グルメ
    • 東京三大豆大福
    • 人気ベーカリーの焼きタイプのカレーパン
目次

高輪

松島屋(東京三大豆大福)

赤穂浪士には関係ないが、各史跡へ巡る前にまずは東京三大豆大福のこちらへ。後で買おう、となると売り切れの可能が大。だいたい午前中には売り切れるので買うなら早めがよい。

大石良雄等自刃の跡の碑

泉岳寺に行く前、こちらから赤穂浪士の各史跡を巡ります。なお、こちらは切腹した場所ではありません。

大石内蔵助 外十六人忠烈の跡

このあたり一帯は熊本藩の細川家下屋敷跡。大石内蔵助ら17名は幕府の命により細川家預かりとなり、こちら高輪の下屋敷にて保護されてた。旧暦の元禄16年2月4日、幕府から切腹の沙汰があり、その日のうちに全員がこの場所で切腹。施錠されていて中には入れませんが、窓から中の様子が見られる。

旧細川邸のシイ

現存する熊本藩細川家の下屋敷にあった巨木。

泉岳寺

泉岳寺 中門

こちらから泉岳寺山門に向かいます。

大石内蔵助良雄銅像

山門の横。連判状を手にし、江戸方面をじっとにらんでいる大石内蔵助の姿を表している、とのこと。

山門

こちらから境内に入ります。

泉岳寺

もともと泉岳寺は徳川家康が外桜田(現在の警視庁近く)に創立した寺院。寛永の大火によって焼失、後年に毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の五大名に命じ、こちら高輪に移転。これを契機に浅野家と泉岳寺の付き合いがはじまったのだとか。浅野家の菩提寺、赤穂浪士のお墓があるお寺として有名。曹洞宗。

血染の梅·血染の石

浅野内匠頭が切腹した際、その血がかかったと伝えられている梅と石。

首洗い井戸

討ち入り後、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い、主君の墓前に供え報告したことから命名。

浅野長矩及び赤穂義士墓所門

浅野家の鉄砲州上屋敷(現・聖路加病院)の裏門を明治時代に移築。

泉岳寺 長矩公夫人之墓

浅野長矩公之墓

赤穂義士墓所

義士が切腹した後、この地に埋葬された。こちら入場には線香代が必要(300円)。

高輪

ブーランジェリー セイジアサクラ

各地を巡った後は、食べ歩きにこちら人気のカレーパン。焼きタイプなので罪悪感なし。だいたい混雑してますがおすすめ。

高輪大木戸跡

東海道、江戸の玄関口。もともとは現在地よりも700mほど北側に設置されていたものが、宝永7年(1710年)にわざわざ現在地へ移転された。当然、江戸へ向かう旅人は大木戸が開くまでの間、足止めをくらい、泉岳寺へ立ち寄る。そうなると赤穂浪士のお墓を見て、忠臣蔵・赤穂浪士物語に感動し、自然とその物語が各地に広まる。それを狙っての移設、との説が面白い。

今回の行程マップ

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