今回の街ぶらは台東区の今戸と浅草。今戸神社にある「招き猫発祥の地」と「沖田総司終焉の地」から、浅草で日本三大七味唐辛子の店、強烈なインパクトを放つ「どぜう」を食らう街ぶら巡り。
- 台東区の今戸神社から浅草・御徒町を巡る街ぶら歩きのルート
- 見どころ
- 招き猫・今戸焼発祥の地(今戸神社)
- 「右手」を上げている招きね猫、「左手」を上げている招き猫
- 新選組、沖田総司終焉の地
- グルメ
- どぜうなべ(駒形どぜう 本店)
- 日本三大七味唐辛子(やげん堀 新仲見世本店)
- 発祥もの
- 招き猫発祥の地
- 今戸焼発祥の地
- 小倉アイス発祥の店
今戸神社


1063年、源頼義・義家親子の奥州討伐に際し、源氏の氏神として信仰されていた京都の石清水八幡宮を鎌倉の鶴岡八幡宮と共にこちら江戸の今戸に勧請したのがはじまり。
この時代の主祭神は八幡神で、長らく「今戸八幡」と呼ばれていたが、昭和12年に今戸の隣地に鎮座していた白山神社(主祭神はイザナミ・イザナギ)と合祀、社名が今戸神社となった。
主祭神により恋愛成就の神社として人気、そして招き猫発祥の地としてもよく知られている。
現在の御祭神は、應神天皇(おうじんてんのう)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、福禄寿(ふくろくじゅ:七福神の内の一神)

招き猫発祥の地/今戸焼発祥の地


「招き猫」発祥の地として知られている今戸神社。
江戸時代から明治時代にかけて、このあたりの今戸地域で「今戸焼」と呼ばれる陶器が作られていた。
江戸時代の末期、浅草・花川戸に住む貧しい老婆が生活に困り果て、飼い猫を手放したところ、その夜、老婆の夢に猫が現れ、「自分の姿を人形にすれば福徳を授かる」と告げた。老婆はその通りに今戸焼で猫の人形を作り、浅草で販売すると、たちまち大評判となり、福徳をもたらす存在として広まった。(招き猫の発祥は、世田谷区にある豪徳寺と諸説あり)
招き猫には「右手を上げている猫」と「左手を上げている猫」がいる。
- 「右手」を上げている招き猫は、金運を呼ぶご利益がある
- 「左手」を上げている招き猫は、お客様を招くご利益がある
と、いわれている。
沖田総司終焉の地

新選組隊士の永倉新八の記録「同志連名記」によると、江戸到着時に沖田総司はすでに結核のため重病となり、今戸神社に収容、御典医・松本良順が治療にあたったものの、あえなくこちらで息を引き取った、と記されている。
(こちらも千駄ヶ谷説との諸説あり)
浅草
浅草寺 本堂


こちらでお参りして、どぜうに向かう。
正ちゃん

せんべろの人気店。
捕鯨船


ビートたけしの「浅草キッド」の有名店。
浅草弥太郎本店

こちらも人気店。
やげん堀 新仲見世本店(日本三大七味唐辛子)


寛永2年(1625年)、初代からし屋徳右衛門が江戸両国やげん堀において、漢方薬からヒントを得て七味唐辛子を売り出した。現在も創業時から続く調合販売を行っており、7種類(唐辛子、焼唐辛子、けしの実、麻の実、粉山椒、黒胡麻、陣皮)から好みの辛さ・香りを調合してくれる。日本三大七味唐辛子※のひとつ。
※日本三大七味唐辛子・・・
- 東京・浅草の「やげん堀」(元祖・辛味)、
- 京都・清水の「七味家本舗」(山椒の香り)
- 長野・善光寺の「八幡屋礒五郎」。
駒形どぜう 本店(どぜうなべ)

創業は享和元年(1801年)の老舗。
ちなみに、この暖簾にある「どぜう」。これは1806年(文化3年)の大火事で店が焼けてしまい、当時の「どじょう」の呼称「どぢやう」の4文字が縁起が悪いということで、奇数の3文字「どぜう」になった、とか。

どぜうなべ。なかなかのインパクト。頭から尻尾まで丸ごと食べられる。身はフワフワ。柔らかい。

食べ方は、葱をのせてしっとりしてきたらいただいてください、とのこと。汁が少なくなったら適宜足してくださいね、とも。

柳川なべ。見た目・インパクトは、やはりどぜう鍋の勝利。

店内は入口すぐに「入れ込み座敷」の空間が広がる。江戸時代の形をそのまま残したつくり。床に座って食べるスタイル。ちなみにB1、2Fには椅子席あり。

メニュー写真は2023.7月当時のもの。
御徒町
甘味処 みつばち


お気に入りの小倉アイス発祥のこちらで、お口直しも、よし。(メニュー写真は2023.7月当時)
