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週末少年に戻る街ぶらer
都内にて単身赴任中。

週末は、有り余る時間をよいことに(?)、都内・関東近隣の名所・見どころ、ご当地グルメ、スイーツ店などを街ぶら歩き。

特に発祥ものや三大〇〇、古事記ゆかりスポット、史跡が大好物。

時にはレンタカーで関東・東北・北海道等の各地へ一泊二日で街ぶら。

そんな私がおすすめする、気軽に、リーズナブルに楽しめる街ぶらルート・しおりを紹介。

神田明神と日本の最初の喫茶店「可否茶館」跡地への街ぶら

今回の街ぶらは、秋葉原駅から男坂を上って江戸の総鎮守、神田明神へ。明神さんの入口横には、天然の土室の麹から作った老舗の甘酒屋。明神さんの横には、幕末の尊王攘夷・明治維新に大きく影響与えた国学発祥の碑。御徒町方面へ少し歩くと、日本で最初の喫茶店の跡地。これらを巡る。

この記事のポイント
  • 秋葉原から神田明神界隈への街ぶら歩きルート
  • 見どころ
    • 島崎藤村の結婚式場、へなちょこの語源となった開花楼跡地
    • 江戸の総鎮守 神田明神
    • 幕末・明治維新に影響を与えた、国学発祥之地の碑
  • グルメ
    • 天然の土室の麹から作った天野屋の甘酒
    • 格安のマグロ鉄火丼(おやじ)
  • 発祥もの
    • 日本の最初の喫茶店「可否茶館」跡地
    • 小倉アイス発祥「みつばち」
目次

秋葉原駅

こちらから街ぶらスタート。

開花楼跡地

かつて、神田明神境内の崖上にあった明治10年(1877年)創業の料亭の跡地。かつて島崎藤村が結婚式を挙げた場所として知られ、「へなちょこ」という言葉が生まれた地としても知られている。

「へなちょこ」の名の由来は、こちらの料亭でだされた明神の崖の粘土で作った素焼きのお猪口が酒を吸ってしまう、役立たずの器だっことから「埴土(へなつち)の猪口」から「へなちょこ」と呼ぶようになった。

明神男坂

男坂を上り切ったら、神田明神。

随神門

大通り側にまわって、こちらから境内へ。

江戸の総鎮守 神田明神

「明神さま」で親しまれている神社。徳川家康が関ヶ原出陣前に 神田明神で戦勝祈願。その後の勝利により、江戸城の守り神として重視し、江戸の総鎮守となる。

現在の社殿は、昭和9年に当時としては画期的な鉄骨鉄筋コンクリート、総朱漆塗で再建。関東大震災でも社殿だけは耐えた。

ご祭神は大己貴命(だいこく様)、 少彦名命(えびす様)、平将門命(まさかど公)。

石獅子

江戸期の石造物のひとつ。

銭形平次の碑


江戸時代の作家・野村胡堂の『銭形平次捕物控』の主人公を顕彰する碑。

国学発祥之地の碑


京都伏見稲荷の神官で国学者・思想家であった荷田春満が、江戸に出て国学の教場を開いたのが神田神社社家の芝崎邸内であり、そのゆかりから神田神社境内が江戸における「国学の発祥の地」とされ、碑が立てられている。

荷田春満は、賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤と共に「国学の四大人」と称される人物。国学はその後、神道復古として尊王思想と結合し、幕末・明治維新に大きな影響を与えることとなった。

天野屋(甘酒)

1846年(弘化3年)創業の甘酒屋。「富士山に、肩を並べる甘酒屋」として江戸時代は甘酒が大人気。お店の地下約6mにある天然の土室で作った糀から、甘酒をはじめ味噌・納豆を作っている。元旦も営業しているので、神田明神のお参りの際にはぜひとも立ち寄りたいお店。

写真は2023.07訪問時。

日本の最初の喫茶店「可否茶館」跡地

日本で初の喫茶店「可否茶館」の跡地。わずか4年で廃業したのだとか。

当時のコーヒーは一杯一銭五厘、牛乳入りが二銭。一品料理のほかパンやカステラなども出していた、とのこと。ちなみに当時、「もりそば」は八厘。

以前の記念碑にはコーヒーカップが乗っていた。ビルの建て替えにより現在のものに。写真は2023.07訪問時。

甘味処 みつばち(小倉アイス発祥店)

時間があれば、ぜひこちらにも立ち寄りがよい。

鉄火丼 おやじ

平日の訪問なら、こちらでまぐろのランチがおすすめ。鉄火丼とマグロの刺身定食が人気。メニューには書いてないが、まぐろの増量は「頭でっかち」と呼び、+100円。なので「頭でっかち」で頼むのがよい(写真は、頭でっかちとの呼び名を知らず、まぐろ普通盛り)。写真は2023.07訪問時。

御徒町駅

今回の行程マップ

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