自然も蕎麦も大人気 天台宗の古刹「深大寺」と新選組「近藤勇ゆかりの地」への街ぶら歩き(調布市・三鷹市) 

今回の街ぶら歩きは、調布市・三鷹市。
調布市では、自然いっぱいの環境にある天台宗の古刹、深大寺と深大寺そばを堪能。
三鷹市では、国立天文台の内部の施設見学、新選組の局長の生誕の地など近藤勇ゆかりの地を巡る。

この記事のポイント
  • 調布の深大寺から三鷹市の国立天文台・新選組の局長 近藤勇 ゆかりの地をめぐる、街ぶら歩きのルート
  • 見どころ
    • 奈良時代は天平期の733年開創、天台宗の古刹、深大寺
    • 日本の天文学研究の中核を担うナショナルセンター、国立天文台
    • 新選組の局長 近藤勇 ゆかりの地
  • グルメ
    • 深大寺手打そば 湧水
目次

調布駅

こちらから街ぶらスタート。

深大寺

深大寺。
奈良時代・天平期の733年に開創した天台宗の古刹。都内では浅草寺に次ぐ古さ。
武蔵野の豊かな緑と湧き水に恵まれ、「深大寺そば」はもとより、「厄除け」、「縁結びのパワースポット」として大人気。
最近では「自然界隈?」のキーワードのもと、訪問者がごいごい押し寄せているんだとか。

ちなみに「深大寺」の名は、水神である「深沙大王(じんじゃだいおう)」をお祀りしたことに由来している。

深沙堂

お寺の鎮守のために建てられた神社。
深大寺の寺名の由来である深沙大王を祀っている。写真は参道。

本堂

幕末の火災で焼失、大正8年(1919年)に再建。
平成15年に大屋根の大改修工事をおこない、瓦屋根より銅板葺本瓦棒葺きとなった。

元三大師堂

「元三大師(がんざんだいし)」を祀っている元三大師堂。
元三大師とは、平安時代の天台宗の高僧・良源の通称で、正月の三日に亡くなった命日に由来し、「元三大師」と呼ばれ、比叡山延暦寺の中興の祖として知られている。
ちなみに、全国の寺社で行われている「おみくじ」を日本で初めて考案・広めた人物とされている。

ちなみに、深大寺のおみくじは「凶」が多いことで有名。
「凶」は「吉」への好転のステップとして、安心して受け入れましょうw。

深大寺 釈迦堂

釈迦堂には東日本最古の国宝「銅造釈迦如来倚像(白鳳仏)」が安置されている。
内部は撮影禁止。

深大寺手打そば 湧水

豊かな湧き水を利用して発展したのが、名物の深大寺そば。江戸時代に将軍家へ献上されたことで広く知られるようになった。
界隈には20軒ほどのそば店がある。中でも一番の大行列なのはこちらのお店。

湧水もりそば。9割。味・雰囲気とも文句なし。
ちなみにテラス席はわんちゃんOK。

店内の様子。

ごらんのとおり、大行列。
ブログ管理人は週末のオープン10分前にお店へ到着、一巡目で入店。

国立天文台

こちら、日本の天文学研究の中核を担うナショナルセンター(大学共同利用機関)。
ハワイの「すばる望遠鏡」やチリの「アルマ望遠鏡」など、国内外に世界最高峰の観測施設があるを。

こちら三鷹キャンパスでは、歴史的な大望遠鏡や建造物が見学できる。

太陽系ウォーク

三鷹市では地球の直径が約1cmとなる13億分の1の縮尺を使い、市全体を太陽系に見立て、市内を11の天体エリアに分け、惑星スタンプが置かれた商店や公共施設をめぐりながら太陽系を実感するイベント「みたか太陽系ウォーク・スタンプラリー」を期間限定で開催している。

第一赤道儀室

1921年に完成した国立天文台三鷹キャンパス最古の観測用建物。
太陽黒点観測に使用された20cm屈折望遠鏡を備えている。国の登録有形文化財。

太陽塔望遠鏡(アインシュタイン塔)

塔全体が望遠鏡の筒の役割を果たしていることから「塔望遠鏡」と呼ばれてる。また、ドイツ・ベルリン市郊外にあったポツダム天体物理観測所のアインシュタイン塔と同じ研究目的で造られたことから「アインシュタイン塔」とも呼ばれている。
こちらも国の登録有形文化財。

新選組の局長 近藤勇 ゆかりの地

近藤勇像

新選組の局長・近藤勇は、1834年(天保5年)に宮川久次郎の三男(幼名宮川勝五郎)として、武蔵国多摩郡上石原村辻(現在の調布市野水)に生まれた。
15歳の時に天然理心流・近藤周助に入門し、翌年理心流の目録を得て周助の養子となり、近藤姓を名乗るようになった。

1863年(文久3年)、近藤勇は上洛する将軍徳川家茂警護のために編成された浪士組に道場の門人たちと共に参加したが、浪士組が江戸ヘ戻ることになった際に京都残留の嘆願書を提出し、京都守護職の任にあった会津藩預かりとなり、京都市中の見回りに当たることになった。
以降、1868年(慶応四年)、隊士と共に江戸に戻るまで、京都で新選組局長として活躍。

甲陽鎮撫隊が甲州街道を甲府ヘ向かう途中、大久保剛と名を変えた勇は、甲州柏尾山で官軍に敗れ、その後、新たに隊士を募集して下総流山に陣をしいた。
しかし、そこで官軍に包囲されて出頭、1868年4月25日、板橋において処刑された。享年35歳。

近藤勇生家跡

当時、宮川家の屋敷は面積約7,000㎡の広さがあり、建物は主屋のほか蔵屋敷、文庫蔵、乾燥納屋、地下蔵、農具入納屋等があり、周囲はケヤキ、カシその他の大木や竹林が茂ってた。
現在の跡地は、屋敷の東南部に位置し、1943年(昭和18年)に家が取り壊されるまで使用していた井戸が残っている。

近藤勇 産湯の井戸

近藤道場撥雲館

近藤勇生家跡から道路を隔てたところに、天然理心流5代目を継いだ近藤勇五郎(近藤勇の長兄の子)が開き、山岡鉄舟が命名した道場「撥雲館」がある。(撮影当時の2023.10月は改修工事中)外観の見学のみ可。

多磨駅

こちらで今回の街ぶら、終了。

今回の街ぶらマップ

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