赤穂浪士の足跡 ~赤坂氷川神社(東京三大縁結び神社)と南部坂(新橋・虎ノ門・赤坂界隈)2022.12

今回の街ぶらは、新橋や虎ノ門、赤坂エリアにある赤穂浪士の足跡をたどる街ぶら。その中心は氷川神社と南部坂。

旧暦の元禄14年(1701年)3月14日、江戸城本丸の松の廊下で赤穂藩主の浅野長矩(内匠頭)が、吉良義央(上野介)を斬りつける刃傷沙汰が発生。浅野長矩(内匠頭)は即日切腹を命じられ赤穂藩は取り潰しとなった。

正室の瑤泉院はその後出家し赤坂氷川神社へ幽居。大石内蔵助が瑤泉院に会いに行き、そして討ち入りの秘事を告げ別れを告げた場所「南部坂の別れ」の舞台へ向かいます。

ちなみに、赤坂氷川神社は東京大神宮、出雲大社東京分祠とわせて「東京三大縁結び神社」と呼ばれています。

目次

新橋

SL広場前

こちらから街ぶらスタート。

御菓子司 新正堂

「切腹最中」は、この店の場所が浅野内匠頭がお預けとなり切腹した田村屋敷跡にあることにちなんで「切腹最中」と命名。お詫びの品として定番に。大正元年(1912)創業。「切腹最中」は今の三代目の店主が考案された新しいもの、らしい。

浅野内匠頭終焉の地

辞世の句、「風さそう花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん」。日比谷通りに面しての「浅野内匠頭終焉之地」の碑。

虎ノ門

岡埜栄泉 虎ノ門本店

九段の岡埜栄泉からの暖簾分けにより創業。大正元年(1912年)。

菊池寛実記念 智美術館別館

日本の三大億万長者の一人、炭鉱業や石炭業界で重要な役割を果たした実業家のコレクションがベースとなった美術館。

大倉集古館

大倉財閥の設立者。日本最古の私立美術館、日本で最初の財団法人の私立美術館。

赤坂

アメリカ大使公邸

警備員が多数、安易に近づけません。

南部坂(赤坂)

各種読み物や歌舞伎などで大石内蔵助が浅野内匠頭の正室、瑤泉院に討ち入りの秘事を告げ、今生の別れを告げる名シーン、「南部坂の別れ」の舞台。

赤坂氷川神社

現在の赤坂氷川神社がある場所は、もともと浅野内匠頭長矩の正室・瑤泉院の実家があった場所。浅野家が取り潰しとなった後、幕府はこの土地を赤坂氷川神社に与えた。浅野内匠頭長矩の切腹後、出家した瑤泉院は、この地に移居し死去するまで幽居していました。

「南部坂の別れ」は後世の創作であり史実ではないとの話がありますが、野暮なことはいわないこと(笑)。

ちなみに、赤坂氷川神社は東京大神宮、出雲大社東京分祠とわせて「東京三大縁結び神社」と呼ばれています。

勝海舟邸跡

勝海舟は赤坂の地を愛し、界隈の3カ所に住んでいたらしい。

萩藩毛利家下屋敷跡

長州藩・松平大膳大夫(毛利家)の下屋敷跡地、赤坂檜町公園。こういう場所が東京にはあるのよね。

ミッドタウン・ガーデン

こちらを通過し東京ミッドタウンへ。

六本木

国立新美術館

国内最大級の展示スペースがある。

毛利庭園

六本木ヒルズ内にある日本庭園。赤穂浪士の岡嶋八十右衛門ら10人がこちら長府藩上屋敷の預りとなり、切腹した場所。テレ朝の天気番組の中継でおなじみの場所でもある。

六本木駅

こちらで今回の街ぶら、終了。

今回の行程マップ

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